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~中世の大坂は本当に「虎狼の住処」だったのでしょうか?~
大阪の歴史を学ぶとき、古代難波宮の後は、大坂(石山)本願寺まで飛び、その間は「虎狼の住処」という説明を受けることもありますが、その間も天満天神社、四天王寺、住吉大社などの寺社があり、その門前町も栄えていたはずです。中世のイメージが湧きにくい大坂ですが、今回は中世の主要道である「浜道」を歩き、中世大坂の実像にアプローチしてみます。
「浜道」は中世大坂を南北に貫通する古道で上町台地西縁辺部を通る松屋町筋の前身にあたります。北は天神橋を越えて天神橋筋商店街、南は下寺町へと続きます。道筋は古代難波京の西京極通を継承しています。
南森町駅~天神橋筋商店街~大阪天満宮~宮の前町~地下町~天神橋~渡辺~渡辺(窪津)王子跡~坐摩(いかすり)神社元宮・行宮~楼の岸~朝日神明社(坂口王子)跡~松屋町筋商店街~下寺町~合邦が辻~逢坂~堀越神社(熊野第一王子之宮)~四天王寺(石鳥居・熊野遙拝石)(解散)
予約不要
補足情報
QRコードをスマートフォンで読み取ってもらう方法によって、江戸時代の古地図や明治以降の地形図を提供し、タイムトリップを体感していただきます。資料は大阪あそ歩のFacebookでも公開します。